大衆科だけはすごかった!

小学校の3年生まで見どころじゃないが「一律3」の小児で、どの部門も程々のはなはだ情けない小児だった。まぁ裏を返したワードをすればどうにも平凡でスマートな小児だったとも言えなくもないが。
分かれ道が来たのは4年生のまま父兄から今でも忘れられない百科事典を買ってもらったことにいる。それは名事典や理科や図鑑形状の方法やらで全12巻の割とコンパクトで小学生もわかりやすい百科事典だつた。その中に「日本の地理」という内容のものがあってそれにハマってしまったのだ。学校から帰ってきてはろくに勉強もせず、捜し求めるようにそれを読んで、見て、覚えた。おもしろかった!書いてある見識が砂にしみこむ水のように入って言う。あんな貯えはいよいよ差し出す。55時代になった今でもこの時ほど見識が納得時は記憶にない。あのときの日本の主な山々の標高や全国の主要都市の人口やその県の長所など一般覚えてしまったものである。そんな事覚えていても何の特徴もなかったのだが。
それでもそれから世間科の結果だけはいっきに3から5に増加。他のクラスメートにも絶対に張り合えると執念を燃やしていた、星飛馬のごとく。即日融資